こんにちはお久しぶりです。
私がブログを書くとどうしても暗くなってしまったり、一部の業種に不都合な話になってしまったりすることが多いので書く内容に非常に困るのですが、
ホンマでっかみたいな形で受け取ってもらえれば幸です。何しろ最近ヒジキに鉄分がほとんど含まれていないっていうのがわかったくらいなので
今主流だと思われている話もいつ「実は間違っていました」になるかわかりませんから。
さて、私は外出できない方のために出張で施術を行うというスタイルで仕事をしていますがこれにはもう一つ大きな理由があります。
それは、ご自宅に伺うとお客様とご家族の隠された課題がわかりやすいからです。
今回はパーキンソンを例に出しますね。
最近急激にパーキンソンの罹患患者は増えていますが、診断を付けやすくなったためと受診機会が増えていることも関係しているので一概に何が悪かったとは現状言いにくい状態です。
日常生活を支援を受けながらでも問題なく送れている方はよいのですが、なかなか難しい場合もあります。
身体能力だけではなく精神的にも不安定になることの多いこの病気は介護者の家族も大変な思いをされていることが多いです。
「布団の角の一ミリのずれが気になる。寝具の調整にうるさい」
「枕が合わない、布団が合わないと買いあさり結局使わない」
「水が飲みにくい。でもうどんやそばは食べられる」
「背中が曲がり、体をまっすぐに起こせなくなる」
「夜中に頻繁にトイレに行きたがり起こされる」
「うつやパーキンソンの本を買うが結局そこに書かれていることはやらずまた買う」
だいたいご家族からはこのような訴えを伺います。
ここからは私自身の経験則でしかありませんが、多くの生活がうまくいかないパーキンソンの方が根本的に持っているものは
「大きすぎる恐怖感」
ではないかと思います。上の訴え例を分解すると
「布団の角の一ミリのずれが気になる。寝具の調整にうるさい」
布団が凸凹していたり、ちゃんとかかっていないと寒かったり、布団が重くて気になるのが気になって、ついいろいろ要求する。だいたいずれてるのなんてわかりません。気にしているだけ。
「枕が合わない、布団が合わないと買いあさり結局使わない」
だんだんと背中が曲がってきてあおむけに寝られなかったり、体のすわりが悪かったりするのを何とかしようとして、まず自分の身の回りに在る物品のせいにする。でも、身体も心もつらいので使いこなすという努力ができないのでアレコレ買い替えてしまう。
余談ですが健康器具マニアもこの典型
「水が飲みにくい。でもうどんやそばは食べられる」
嚥下能力うんぬんよりも実際にはのど越しを気にしていることが多いです。すこしでものどに引っかかったりすると詰まるんじゃないかという怖さが呼び起されるため、結果的にのど越しの良い食べ物を選びたがります。でも、実際にはうどんやそばの方が誤嚥しやすい。
「背中が曲がり、体をまっすぐに起こせなくなる」
転倒に対する不安が常に付きまとうことと実際にめまいやふらつきがあるため姿勢を低く低く保つようになります。時間がたつと身体能力が固定され圧迫骨折をしていなくても地面に直角な歩き方になります。
「夜中に頻繁にトイレに行きたがり起こされる」
実際に夜間頻尿の場合もありますが、たいていは夜間に不安になりトイレにかこつけて家人を起こしたり、不安そのものがさらなる頻尿を呼び起したりします。
このほかにも
「あの薬が合わない、新しい薬は調子が悪い。と頻繁に医者や薬を切り替えたがる」
インフォームドコンセントやコンプライアンスも大切ですが、大切なのは
病気を治すことそのものよりも「病気を治す過程の間、毎日生活するのが大変で疲れてしまう」
人間は病気が治るのを待つ間電源切っておくわけにいきませんから
闘病中や病気を抱えたうえでの生活の工夫がより大切になります。特に高齢の方にはこの部分こそが大切な部分になります。
現代における病や介護との向き合い方は、治すことそのものよりもQOL「生活の質」をどう確保していくか?これを考えることがより大切だと思っています。
ただ、出張してつらいところをマッサージしたり機能訓練したりでは解決しない課題が非常に多いので、私の場合生活すべてが治療の対象になります。
2017年11月6日月曜日
2017年4月2日日曜日
訪問マッサージの不正例について
訪問マッサージの不正についていま業界ではかなり話題になっています。
訪問日数水増しは明らかな問題なのですが、中には
「それはだいぶうっかりしてるね……」
という状況のものも散見されます。私自身が実際にかかわった例ですが
1、同意書を患者様本人が医者に書いてもらっていないパターン
同意書は本人が受診してもらわなければなりません。便利だからと言って「継続同意書」等で処理してはいけません。
もし、医師と患者とマッサージ師の間で合意が取れていたとしてもあくまでローカルルールの域を出ないので同意書は本人が取得するのが原則です。
歩行が困難だから仕方なかった!と抗弁した方もいらっしゃいますが定期受診時にもらえばいい話です。定期受診しないとそもそも療養マッサージは受けられないのです。
2、すでに歩行可能なところまで回復しているにもかかわらず、訪問マッサージを続けている。
これは、もう訪問マッサージの「通院が不可能である状態」がそもそも満たされていないので問題外というか、完全に故意です。
これについては複数のマッサージの先生から「これをやったら確信的」と回答をいただいています。いただくまでもなく問題ですが。
ただ、上記二例とも漫然と施術をしていたり利用者と距離が近くなってしまったりするとつい見過ごしてしまいがちなのです。
このときに一番やり玉にあがりやすくスケープゴートにされやすいのが、マッサージ師であるというだけの話です。
訪問日数水増しは明らかな問題なのですが、中には
「それはだいぶうっかりしてるね……」
という状況のものも散見されます。私自身が実際にかかわった例ですが
1、同意書を患者様本人が医者に書いてもらっていないパターン
同意書は本人が受診してもらわなければなりません。便利だからと言って「継続同意書」等で処理してはいけません。
もし、医師と患者とマッサージ師の間で合意が取れていたとしてもあくまでローカルルールの域を出ないので同意書は本人が取得するのが原則です。
歩行が困難だから仕方なかった!と抗弁した方もいらっしゃいますが定期受診時にもらえばいい話です。定期受診しないとそもそも療養マッサージは受けられないのです。
2、すでに歩行可能なところまで回復しているにもかかわらず、訪問マッサージを続けている。
これは、もう訪問マッサージの「通院が不可能である状態」がそもそも満たされていないので問題外というか、完全に故意です。
これについては複数のマッサージの先生から「これをやったら確信的」と回答をいただいています。いただくまでもなく問題ですが。
ただ、上記二例とも漫然と施術をしていたり利用者と距離が近くなってしまったりするとつい見過ごしてしまいがちなのです。
このときに一番やり玉にあがりやすくスケープゴートにされやすいのが、マッサージ師であるというだけの話です。
2017年3月8日水曜日
28年後期分特定事業所集中減算について
今回から、ダウンロードできる報告書に関数計算やセルの保護が付きました。
前回は
何もないところには0を入れてください だの
報告書データの段ズレやレイアウト崩れ放置 だの
印刷フォーマットの統一性の無さ だの
正直今どきのオンラインゲームですら修正されているような不具合が修正されないまま世界中の人間が閲覧できるWEBに挙げてしまうお粗末さでした。
今回それがすべて解消されていて驚きです。現場がすごくがんばったんだと思います。感謝です。
しかしながら、特定事業所集中減算の目的と意義が真逆の成果を出してしまっていることは解消できていません。
そもそも我々、サービス提供者側にもなぜ「特定事業所集中減算」が存在するのか理解していない方が多いのですがこれは小さい会社だと気が付くことができないので仕方ないです。
対象当事者である大きな会社はすぐ気が付くのですけどね。自分たちを制限しようとしている取り組みだから
政府の目的や厚生労働省の思惑と世間への告知は本音と建前の状況が多いのでまず
「額面通り鵜呑みにしてはいけない」
が、大前提になります。もちろんここで私が書いていることも「ほんまでっか?」くらいな話にしておいてこの記事をヒントにいろいろ勉強してもらえると真の意味での資質の向上につながるのではないかなと思います。
話を戻します。
名目上は地域サービスを均等に使用し地域資源の把握に努めるというもの
ところが居宅支援専門員の業態上ここに矛盾した国の要求が見えてきます。
ケアマネさんたちは自分でサービス事業所を開拓しますか?まず、営業に来てくれた事業所から状況にあったサービスを選んでいくと思います。
ではここで、「地域資源を把握するために自らサービス事業者を訪問するか?」
そんなことをするならモニタリングとアセスメントとインフォーマルサービスの捜索を一つでも多くやった方が利用者本位です。ハイ論破。
次に特定の事業者に利益が集中しないように配慮しているかどうかの調査
そもそも倒産や営業停止する事業者が多くいつの間にかM&Aされて同一法人になっていたり、閉めた事業所のあおりを受けて特定の事業所にサービスが集中する状況が短期間に繰り返されているのにすべてを把握して法人名から代表者名まで報告しろとか、そんなの県庁や公証人役場の仕事です。
体力のある会社はとっくに別法人建てて事業所分離して集中減算回避してますから!実態と合ってない施策してどうするの? ハイこれも論破
ちなみに、M&Aや法人分離で最も大きな迷惑をこうむっているのは利用者です。法人と利用契約だから法人代わるたびに契約書取り直しです。厳密には利用者の情報すら使えなくなりますから。
つまりここでも国は平気で利用者本位の原則を壊しています。
さらに実際の報告は県や市区町村に丸投げ
このせいで冒頭の報告書類に配布者側の不備があり周知徹底もなされず、修正は後だし。誰も幸せになっていない。
ちなみにこのあたりの問題は2016年の時点ですでに見直し要請が出されています。
ケアマネの「集中減算」見直しを 検査院「合理的で有効とは言えない」
↑で検索かけてみてください。
結局厚生労働省は資金が圧縮できればなんでもいいんでしょうね。
前回は
何もないところには0を入れてください だの
報告書データの段ズレやレイアウト崩れ放置 だの
印刷フォーマットの統一性の無さ だの
正直今どきのオンラインゲームですら修正されているような不具合が修正されないまま世界中の人間が閲覧できるWEBに挙げてしまうお粗末さでした。
今回それがすべて解消されていて驚きです。現場がすごくがんばったんだと思います。感謝です。
しかしながら、特定事業所集中減算の目的と意義が真逆の成果を出してしまっていることは解消できていません。
そもそも我々、サービス提供者側にもなぜ「特定事業所集中減算」が存在するのか理解していない方が多いのですがこれは小さい会社だと気が付くことができないので仕方ないです。
対象当事者である大きな会社はすぐ気が付くのですけどね。自分たちを制限しようとしている取り組みだから
政府の目的や厚生労働省の思惑と世間への告知は本音と建前の状況が多いのでまず
「額面通り鵜呑みにしてはいけない」
が、大前提になります。もちろんここで私が書いていることも「ほんまでっか?」くらいな話にしておいてこの記事をヒントにいろいろ勉強してもらえると真の意味での資質の向上につながるのではないかなと思います。
話を戻します。
名目上は地域サービスを均等に使用し地域資源の把握に努めるというもの
ところが居宅支援専門員の業態上ここに矛盾した国の要求が見えてきます。
ケアマネさんたちは自分でサービス事業所を開拓しますか?まず、営業に来てくれた事業所から状況にあったサービスを選んでいくと思います。
ではここで、「地域資源を把握するために自らサービス事業者を訪問するか?」
そんなことをするならモニタリングとアセスメントとインフォーマルサービスの捜索を一つでも多くやった方が利用者本位です。ハイ論破。
次に特定の事業者に利益が集中しないように配慮しているかどうかの調査
そもそも倒産や営業停止する事業者が多くいつの間にかM&Aされて同一法人になっていたり、閉めた事業所のあおりを受けて特定の事業所にサービスが集中する状況が短期間に繰り返されているのにすべてを把握して法人名から代表者名まで報告しろとか、そんなの県庁や公証人役場の仕事です。
体力のある会社はとっくに別法人建てて事業所分離して集中減算回避してますから!実態と合ってない施策してどうするの? ハイこれも論破
ちなみに、M&Aや法人分離で最も大きな迷惑をこうむっているのは利用者です。法人と利用契約だから法人代わるたびに契約書取り直しです。厳密には利用者の情報すら使えなくなりますから。
つまりここでも国は平気で利用者本位の原則を壊しています。
さらに実際の報告は県や市区町村に丸投げ
このせいで冒頭の報告書類に配布者側の不備があり周知徹底もなされず、修正は後だし。誰も幸せになっていない。
ちなみにこのあたりの問題は2016年の時点ですでに見直し要請が出されています。
ケアマネの「集中減算」見直しを 検査院「合理的で有効とは言えない」
↑で検索かけてみてください。
結局厚生労働省は資金が圧縮できればなんでもいいんでしょうね。
2017年3月1日水曜日
川崎市の特定事業所集中減算について
とりあえず送付先を記載
政令指定都市は都道府県じゃなく、市に送る。
川崎市 健康福祉局長寿社会部高齢者事業推進課 事業者指定係
〒212-0013 川崎市幸区堀川町580番地 ソリッドスクエア西館10階 なお、郵便物の宛先は「〒210-8577 川崎市川崎区宮本町1番地」としてください
2017年2月3日金曜日
利用者がサービス事業者から直接営業をかけられた場合
こんにちは。久しぶりに介護関係の記事となります。
今回の問題は、デイサービスを利用している利用者さんがそのデイサービスの母体法人が持っている別のサービスを勧められた場合です。
最初に答えを言ってしまいますが。
「自費であれば別に構わない」でも公費を当てにしているのであれば「担当者会議が必要」
になります。
デイサービスであれば、介護保険料を自費で計算して利用者に提示し利用者が了承すれば自費利用ということになります。実際限度額を超えた場合は普通にサービスを利用していてもそうなります。
では、医療範囲も含まれているものについてはどうでしょうか?
訪問看護を自費でやる方はほとんどいないので「訪問リハビリ」を例に出しましょう。
まず訪問リハビリは以下
第八条
5 この法律において「訪問リハビリテーション」とは、居宅要介護者(主治の医師がその治療の必要の程度につき厚生労働省令で定める基準に適合していると認めたものに限る。)について、その者の居宅において、その心身の機能の維持回復を図り、日常生活の自立を助けるために行われる理学療法、作業療法その他必要なリハビリテーションをいう。
今回の問題は、デイサービスを利用している利用者さんがそのデイサービスの母体法人が持っている別のサービスを勧められた場合です。
最初に答えを言ってしまいますが。
「自費であれば別に構わない」でも公費を当てにしているのであれば「担当者会議が必要」
になります。
デイサービスであれば、介護保険料を自費で計算して利用者に提示し利用者が了承すれば自費利用ということになります。実際限度額を超えた場合は普通にサービスを利用していてもそうなります。
では、医療範囲も含まれているものについてはどうでしょうか?
訪問看護を自費でやる方はほとんどいないので「訪問リハビリ」を例に出しましょう。
まず訪問リハビリは以下
第八条
5 この法律において「訪問リハビリテーション」とは、居宅要介護者(主治の医師がその治療の必要の程度につき厚生労働省令で定める基準に適合していると認めたものに限る。)について、その者の居宅において、その心身の機能の維持回復を図り、日常生活の自立を助けるために行われる理学療法、作業療法その他必要なリハビリテーションをいう。
これは介護保険法の該当条文です。
簡単に書くと
訪問リハビリは主治医がOK!って書類を書かないと利用できませんよ?
っていう法律です。
これに基づいて各都道府県からそれぞれの自治体やサービス事業者に対して手引書が出されています。
神奈川県は以下
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/kourei/jigyousya/shinsei/sisetsukyotaku/tebiki-tenken/tebiki/
そもそも、訪問リハビリは医療行為に当たるので診断・診察ができないPT OT ST
ましてや、ケアマネが直接勧めることはできません。
モニタリングを行いアセスメントを行い、担当者会議やリハビリテーション会議において
「当利用者にはリハビリの必要性を感じます」という提言があったり、医師の判断でリハビリが必要と判断された場合だったりにおいてのみ
公費での訪問リハビリが成り立つべきです。医療行為だとこのように途端に複雑な話になってしまいます。
なので29年の総合事業からは「地域サービスの利用」という扱いで機能訓練や予防を行うようになってくるでしょう。もちろん自費で。
サービス事業者が主治医や担当者会議を通さず、利用者にサービスを勧めるのは「営業」と判断される可能性もありますので注意が必要です。
2017年1月24日火曜日
講演をしてきました。
静岡県立特別支援学校に依頼されて、講演をおこなってまいりました。
特別支援学校での講演ということは当然、日常生活・社会生活の一部もしくはすべてに何らかの支援が必要な方とその関係者へ向けての講演です。
あえてここに書く理由なのですが、お話をさせていただいて……って堅苦しいですね。
ブログなのでもう少し砕けた感じで書きます。
医療福祉の仕事をやっていて前から感じていたことなのですが
1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。
2、健常者や支援が必要でない人は、手助けなしでは社会生活ができない方々の存在を意識していない
2に関してはこれは当然なんですね。
日本の経済発展の最初のほうでそういうことを意識しなくてもいい世界の中で教育を受けたからです。
当然なこととして世の中全ての基準はそれを意識した人にだけ見えるってことです。
たとえば、
株を買っていなければ株式市場なんて気にしない
多くの夫は妻が家計を考えて食事を作っていることを意識しない
多くの主婦は夫が会社でストレスを抱えていることを意識しない
子供は親の想いを受け取れず、親は子供の年齢なりの悩みを忘れる
政治に強く興味がなければ、選挙もいかない
これが大多数の普通です。
だから、支援が必要な人々の存在をそれを必要としていない人々が意識していないのは当たり前なのです。
支援が必要な人のことを考えましょうってとってつけたように先生から言われてもピンと来ない。だから福祉系の大学を出て現場に入っても「思っていたのと違う!」と辞める人が出てくるわけです。
それは薄情なのではなく、単純に認識がそこまで到達していないか適性がなかっただけです。
じゃあ
1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。
これはいったい何なのか?
単純にびっくりして、混乱して、そのまま制度に流されているうちに「自助」の意識を忘れてしまったのではないかと私は考えています。
いい意味でも悪い意味でも制度が進んできてベルトコンベア式にわんこそば式に支援が進むので、考えるいとまがない。
これはケアマネをやっていて常に感じていることです。「支援待ったなし。死んじゃうぜ!?」っていう状況も多いので一概には言えませんが。
なので、外で介護や支援について話をするときに必ず入れる言葉が
「誰かが先に作った世界で、ルールに沿って生きなきゃいけない」
「まず、自分で努力する自助が存在し、その後互助 共助 公助があるんだ」
「いつか自分が支援を受ける側になる時が来る」
この三つです。
だからたとえ重い障害を持っていても仕事を持ってお金を得て税金を健常者と同じに払っていれば、それは健常者と同じです。
「でも、こういうところが大変なんだよ!」っていう方もいますが自分+一部支援で生活ができていれば普通の「社会人」です。
障害っていう部分にこだわりすぎている当事者が多いので、私は最初に今ある社会にどうやったら溶け込めるかを考えてほしいと言います。
ここまでですでに「えー!?」とか言われてしまいますが、今の政策「一億総活躍」で言えば
要支援者もサービスを依頼することで職業としての介護職が成り立ち、支援を受けながらその人に合った仕事を行うことで少しでも所得を得て経済に参加する。
これも一つの一億総活躍だと思います。
この系統の話は尽きることがないのでまた機会があれば書きますが、いろんな形の「自助」から始まるという考え方だけは私の変わらないテーマです。
特別支援学校での講演ということは当然、日常生活・社会生活の一部もしくはすべてに何らかの支援が必要な方とその関係者へ向けての講演です。
あえてここに書く理由なのですが、お話をさせていただいて……って堅苦しいですね。
ブログなのでもう少し砕けた感じで書きます。
医療福祉の仕事をやっていて前から感じていたことなのですが
1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。
2、健常者や支援が必要でない人は、手助けなしでは社会生活ができない方々の存在を意識していない
2に関してはこれは当然なんですね。
日本の経済発展の最初のほうでそういうことを意識しなくてもいい世界の中で教育を受けたからです。
当然なこととして世の中全ての基準はそれを意識した人にだけ見えるってことです。
たとえば、
株を買っていなければ株式市場なんて気にしない
多くの夫は妻が家計を考えて食事を作っていることを意識しない
多くの主婦は夫が会社でストレスを抱えていることを意識しない
子供は親の想いを受け取れず、親は子供の年齢なりの悩みを忘れる
政治に強く興味がなければ、選挙もいかない
これが大多数の普通です。
だから、支援が必要な人々の存在をそれを必要としていない人々が意識していないのは当たり前なのです。
支援が必要な人のことを考えましょうってとってつけたように先生から言われてもピンと来ない。だから福祉系の大学を出て現場に入っても「思っていたのと違う!」と辞める人が出てくるわけです。
それは薄情なのではなく、単純に認識がそこまで到達していないか適性がなかっただけです。
じゃあ
1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。
単純にびっくりして、混乱して、そのまま制度に流されているうちに「自助」の意識を忘れてしまったのではないかと私は考えています。
いい意味でも悪い意味でも制度が進んできてベルトコンベア式にわんこそば式に支援が進むので、考えるいとまがない。
これはケアマネをやっていて常に感じていることです。「支援待ったなし。死んじゃうぜ!?」っていう状況も多いので一概には言えませんが。
なので、外で介護や支援について話をするときに必ず入れる言葉が
「誰かが先に作った世界で、ルールに沿って生きなきゃいけない」
「まず、自分で努力する自助が存在し、その後互助 共助 公助があるんだ」
「いつか自分が支援を受ける側になる時が来る」
この三つです。
だからたとえ重い障害を持っていても仕事を持ってお金を得て税金を健常者と同じに払っていれば、それは健常者と同じです。
「でも、こういうところが大変なんだよ!」っていう方もいますが自分+一部支援で生活ができていれば普通の「社会人」です。
障害っていう部分にこだわりすぎている当事者が多いので、私は最初に今ある社会にどうやったら溶け込めるかを考えてほしいと言います。
ここまでですでに「えー!?」とか言われてしまいますが、今の政策「一億総活躍」で言えば
要支援者もサービスを依頼することで職業としての介護職が成り立ち、支援を受けながらその人に合った仕事を行うことで少しでも所得を得て経済に参加する。
これも一つの一億総活躍だと思います。
この系統の話は尽きることがないのでまた機会があれば書きますが、いろんな形の「自助」から始まるという考え方だけは私の変わらないテーマです。
2017年1月4日水曜日
男性の産後うつ
一億総活躍や育児に参加する男性をイクメンと呼ぶようになり、男女の役割の違いがますます無くなりつつあります。
以前は女性に多い相談であった産後うつも男性の相談が産後うつ全体の2割になろうとしています(国立成育医療研究センターなどしらべ)
今回私がここに書きたい内容はやはり男性視点での予防の観点からです。
鬱になってからどうする?ではなくどんなことが鬱のリスクなのかという話。
基本的に「うつ」という症状の原因は
「自分はこうしたいけど、現状無理なのがわかっているから我慢しているけど、やっぱり我慢できないな……でも我慢してやらなきゃ……」
という心理状態です。すごく簡単に言った場合。
私自身も現在極力育児に参加しては居ますが妻のようにはできません。無理です。
私の住むところは、「集落・町内会・組・班」という言葉が日常で出るくらいの場所なので男女の役割分担がはっきりしているため、目立つくらい男性が育児や家事に参加していると周囲の大人から以下のような発言を頂きます。
「旦那に仕事から子守までさせて、いい加減にしなさい」
「あんた自分の旦那に何させてんの!」
極端な例だと
「ご主人仕事ないのかい?」
これは地域的に「期待されている役割」「主観的常識概念の基準に沿った役割」というものが強く働くからです。
雑に言うと、うちの地域では「男は働き、女が家を守る」これが常識だからです。
つまり、男女がどうとか共同参画がどうとか言っても、どれだけ言っても
周囲に強く影響を受ける人間社会で生きていくには、
「ある程度周囲を見て合わせないと生きにくい」という話なだけです。周りに合わせる事自体がうつの原因になっている方の場合は別の方法で解決しなくてはいけませんが。
相談の一例ですが
家事や育児に完ぺきを求める妻が居た場合、当然収入についても夫と同レベルができなければおかしいですし
一極集中型の進化を遂げてきたオスという性別の存在に同時進行で色々やれっていうのも、相手の素養を見て頼むことが必要です。
妻のほうが仕事も家事も近所付き合いも完璧だったら、もうそれはなんというかそういう人と結婚してしまった自身を省みるしかありません。
そういう人がもし居たらの場合ですが、それは夫を必要とするのかどうか疑問ですが……。
あくまで男性目線の話なので、女性の方々には色々思うところもあるかと思いますが、
「仕事からかえって家でゴロゴロしてるから目につくのであって、そもそも仕事するふりして寄り道とかどう?」
「飲み代一回4000円よりも漫画喫茶3時間1000円のほうが経済的だし、目につかなくてすむし、家に漫画増やさなくてもいいし」
そういう考え方を提案します。実際やるかどうかは……。私の場合はしっかりバレてましたけど。
週六日仕事して日曜日も子守して、それくらい忙しかったらの場合ですが寄り道して少し遅く帰ってもいいと思います。
なぜなら、仕事と家庭で拘束され続けた夫がうつ病になってしまった場合「経済的なダメージが莫大になる」からです。そちらのほうが家庭崩壊の原因です。
あくまで男性目線ですが、夫を追い詰めて経済破綻させるのがいいか、長い目で見て生かさず殺さずでいくのがいいかの問題です。
これがリスク管理かと思います。乱暴ですが。
以前は女性に多い相談であった産後うつも男性の相談が産後うつ全体の2割になろうとしています(国立成育医療研究センターなどしらべ)
今回私がここに書きたい内容はやはり男性視点での予防の観点からです。
鬱になってからどうする?ではなくどんなことが鬱のリスクなのかという話。
基本的に「うつ」という症状の原因は
「自分はこうしたいけど、現状無理なのがわかっているから我慢しているけど、やっぱり我慢できないな……でも我慢してやらなきゃ……」
という心理状態です。すごく簡単に言った場合。
私自身も現在極力育児に参加しては居ますが妻のようにはできません。無理です。
私の住むところは、「集落・町内会・組・班」という言葉が日常で出るくらいの場所なので男女の役割分担がはっきりしているため、目立つくらい男性が育児や家事に参加していると周囲の大人から以下のような発言を頂きます。
「旦那に仕事から子守までさせて、いい加減にしなさい」
「あんた自分の旦那に何させてんの!」
極端な例だと
「ご主人仕事ないのかい?」
これは地域的に「期待されている役割」「主観的常識概念の基準に沿った役割」というものが強く働くからです。
雑に言うと、うちの地域では「男は働き、女が家を守る」これが常識だからです。
つまり、男女がどうとか共同参画がどうとか言っても、どれだけ言っても
周囲に強く影響を受ける人間社会で生きていくには、
「ある程度周囲を見て合わせないと生きにくい」という話なだけです。周りに合わせる事自体がうつの原因になっている方の場合は別の方法で解決しなくてはいけませんが。
相談の一例ですが
家事や育児に完ぺきを求める妻が居た場合、当然収入についても夫と同レベルができなければおかしいですし
一極集中型の進化を遂げてきたオスという性別の存在に同時進行で色々やれっていうのも、相手の素養を見て頼むことが必要です。
妻のほうが仕事も家事も近所付き合いも完璧だったら、もうそれはなんというかそういう人と結婚してしまった自身を省みるしかありません。
そういう人がもし居たらの場合ですが、それは夫を必要とするのかどうか疑問ですが……。
あくまで男性目線の話なので、女性の方々には色々思うところもあるかと思いますが、
「仕事からかえって家でゴロゴロしてるから目につくのであって、そもそも仕事するふりして寄り道とかどう?」
「飲み代一回4000円よりも漫画喫茶3時間1000円のほうが経済的だし、目につかなくてすむし、家に漫画増やさなくてもいいし」
そういう考え方を提案します。実際やるかどうかは……。私の場合はしっかりバレてましたけど。
週六日仕事して日曜日も子守して、それくらい忙しかったらの場合ですが寄り道して少し遅く帰ってもいいと思います。
なぜなら、仕事と家庭で拘束され続けた夫がうつ病になってしまった場合「経済的なダメージが莫大になる」からです。そちらのほうが家庭崩壊の原因です。
あくまで男性目線ですが、夫を追い詰めて経済破綻させるのがいいか、長い目で見て生かさず殺さずでいくのがいいかの問題です。
これがリスク管理かと思います。乱暴ですが。
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