2017年3月8日水曜日

28年後期分特定事業所集中減算について

 今回から、ダウンロードできる報告書に関数計算やセルの保護が付きました。

前回は
何もないところには0を入れてください  だの
報告書データの段ズレやレイアウト崩れ放置 だの
印刷フォーマットの統一性の無さ だの

正直今どきのオンラインゲームですら修正されているような不具合が修正されないまま世界中の人間が閲覧できるWEBに挙げてしまうお粗末さでした。

今回それがすべて解消されていて驚きです。現場がすごくがんばったんだと思います。感謝です。

 しかしながら、特定事業所集中減算の目的と意義が真逆の成果を出してしまっていることは解消できていません。

そもそも我々、サービス提供者側にもなぜ「特定事業所集中減算」が存在するのか理解していない方が多いのですがこれは小さい会社だと気が付くことができないので仕方ないです。

対象当事者である大きな会社はすぐ気が付くのですけどね。自分たちを制限しようとしている取り組みだから

政府の目的や厚生労働省の思惑と世間への告知は本音と建前の状況が多いのでまず

「額面通り鵜呑みにしてはいけない」

が、大前提になります。もちろんここで私が書いていることも「ほんまでっか?」くらいな話にしておいてこの記事をヒントにいろいろ勉強してもらえると真の意味での資質の向上につながるのではないかなと思います。

話を戻します。

名目上は地域サービスを均等に使用し地域資源の把握に努めるというもの

ところが居宅支援専門員の業態上ここに矛盾した国の要求が見えてきます。

ケアマネさんたちは自分でサービス事業所を開拓しますか?まず、営業に来てくれた事業所から状況にあったサービスを選んでいくと思います。

ではここで、「地域資源を把握するために自らサービス事業者を訪問するか?」

そんなことをするならモニタリングとアセスメントとインフォーマルサービスの捜索を一つでも多くやった方が利用者本位です。ハイ論破。



次に特定の事業者に利益が集中しないように配慮しているかどうかの調査


そもそも倒産や営業停止する事業者が多くいつの間にかM&Aされて同一法人になっていたり、閉めた事業所のあおりを受けて特定の事業所にサービスが集中する状況が短期間に繰り返されているのにすべてを把握して法人名から代表者名まで報告しろとか、そんなの県庁や公証人役場の仕事です。

体力のある会社はとっくに別法人建てて事業所分離して集中減算回避してますから!実態と合ってない施策してどうするの? ハイこれも論破


ちなみに、M&Aや法人分離で最も大きな迷惑をこうむっているのは利用者です。法人と利用契約だから法人代わるたびに契約書取り直しです。厳密には利用者の情報すら使えなくなりますから。

つまりここでも国は平気で利用者本位の原則を壊しています。


さらに実際の報告は県や市区町村に丸投げ


このせいで冒頭の報告書類に配布者側の不備があり周知徹底もなされず、修正は後だし。誰も幸せになっていない。


ちなみにこのあたりの問題は2016年の時点ですでに見直し要請が出されています。


ケアマネの「集中減算」見直しを 検査院「合理的で有効とは言えない」

↑で検索かけてみてください。


結局厚生労働省は資金が圧縮できればなんでもいいんでしょうね。

2017年3月1日水曜日

川崎市の特定事業所集中減算について

とりあえず送付先を記載
政令指定都市は都道府県じゃなく、市に送る。

川崎市 健康福祉局長寿社会部高齢者事業推進課 事業者指定係
〒212-0013 川崎市幸区堀川町580番地 ソリッドスクエア西館10階 なお、郵便物の宛先は「〒210-8577 川崎市川崎区宮本町1番地」としてください

2017年2月3日金曜日

利用者がサービス事業者から直接営業をかけられた場合

 こんにちは。久しぶりに介護関係の記事となります。

 今回の問題は、デイサービスを利用している利用者さんがそのデイサービスの母体法人が持っている別のサービスを勧められた場合です。

 最初に答えを言ってしまいますが。

「自費であれば別に構わない」でも公費を当てにしているのであれば「担当者会議が必要」

になります。

デイサービスであれば、介護保険料を自費で計算して利用者に提示し利用者が了承すれば自費利用ということになります。実際限度額を超えた場合は普通にサービスを利用していてもそうなります。

では、医療範囲も含まれているものについてはどうでしょうか?

訪問看護を自費でやる方はほとんどいないので「訪問リハビリ」を例に出しましょう。

まず訪問リハビリは以下

第八条
5  この法律において「訪問リハビリテーション」とは、居宅要介護者(主治の医師がその治療の必要の程度につき厚生労働省令で定める基準に適合していると認めたものに限る。)について、その者の居宅において、その心身の機能の維持回復を図り、日常生活の自立を助けるために行われる理学療法、作業療法その他必要なリハビリテーションをいう。

これは介護保険法の該当条文です。

簡単に書くと

訪問リハビリは主治医がOK!って書類を書かないと利用できませんよ?

っていう法律です。

これに基づいて各都道府県からそれぞれの自治体やサービス事業者に対して手引書が出されています。

神奈川県は以下
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/kourei/jigyousya/shinsei/sisetsukyotaku/tebiki-tenken/tebiki/

そもそも、訪問リハビリは医療行為に当たるので診断・診察ができないPT OT ST
ましてや、ケアマネが直接勧めることはできません。

モニタリングを行いアセスメントを行い、担当者会議やリハビリテーション会議において

「当利用者にはリハビリの必要性を感じます」という提言があったり、医師の判断でリハビリが必要と判断された場合だったりにおいてのみ

公費での訪問リハビリが成り立つべきです。医療行為だとこのように途端に複雑な話になってしまいます。

なので29年の総合事業からは「地域サービスの利用」という扱いで機能訓練や予防を行うようになってくるでしょう。もちろん自費で。

サービス事業者が主治医や担当者会議を通さず、利用者にサービスを勧めるのは「営業」と判断される可能性もありますので注意が必要です。

2017年1月24日火曜日

講演をしてきました。

 静岡県立特別支援学校に依頼されて、講演をおこなってまいりました。

特別支援学校での講演ということは当然、日常生活・社会生活の一部もしくはすべてに何らかの支援が必要な方とその関係者へ向けての講演です。

 あえてここに書く理由なのですが、お話をさせていただいて……って堅苦しいですね。

ブログなのでもう少し砕けた感じで書きます。

医療福祉の仕事をやっていて前から感じていたことなのですが

1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。

2、健常者や支援が必要でない人は、手助けなしでは社会生活ができない方々の存在を意識していない


2に関してはこれは当然なんですね。

日本の経済発展の最初のほうでそういうことを意識しなくてもいい世界の中で教育を受けたからです。

当然なこととして世の中全ての基準はそれを意識した人にだけ見えるってことです。

たとえば、

株を買っていなければ株式市場なんて気にしない

多くの夫は妻が家計を考えて食事を作っていることを意識しない

多くの主婦は夫が会社でストレスを抱えていることを意識しない

子供は親の想いを受け取れず、親は子供の年齢なりの悩みを忘れる

政治に強く興味がなければ、選挙もいかない

これが大多数の普通です。


だから、支援が必要な人々の存在をそれを必要としていない人々が意識していないのは当たり前なのです。

支援が必要な人のことを考えましょうってとってつけたように先生から言われてもピンと来ない。だから福祉系の大学を出て現場に入っても「思っていたのと違う!」と辞める人が出てくるわけです。

それは薄情なのではなく、単純に認識がそこまで到達していないか適性がなかっただけです。

じゃあ
1、多くの障碍者とその家族は支援があるのが当たり前だと思っている。

これはいったい何なのか?

単純にびっくりして、混乱して、そのまま制度に流されているうちに「自助」の意識を忘れてしまったのではないかと私は考えています。

いい意味でも悪い意味でも制度が進んできてベルトコンベア式にわんこそば式に支援が進むので、考えるいとまがない。

これはケアマネをやっていて常に感じていることです。「支援待ったなし。死んじゃうぜ!?」っていう状況も多いので一概には言えませんが。

なので、外で介護や支援について話をするときに必ず入れる言葉が

「誰かが先に作った世界で、ルールに沿って生きなきゃいけない」

「まず、自分で努力する自助が存在し、その後互助 共助 公助があるんだ」

「いつか自分が支援を受ける側になる時が来る」

この三つです。

だからたとえ重い障害を持っていても仕事を持ってお金を得て税金を健常者と同じに払っていれば、それは健常者と同じです。

「でも、こういうところが大変なんだよ!」っていう方もいますが自分+一部支援で生活ができていれば普通の「社会人」です。

障害っていう部分にこだわりすぎている当事者が多いので、私は最初に今ある社会にどうやったら溶け込めるかを考えてほしいと言います。

ここまでですでに「えー!?」とか言われてしまいますが、今の政策「一億総活躍」で言えば

要支援者もサービスを依頼することで職業としての介護職が成り立ち、支援を受けながらその人に合った仕事を行うことで少しでも所得を得て経済に参加する。

これも一つの一億総活躍だと思います。

この系統の話は尽きることがないのでまた機会があれば書きますが、いろんな形の「自助」から始まるという考え方だけは私の変わらないテーマです。






2017年1月4日水曜日

男性の産後うつ

 一億総活躍や育児に参加する男性をイクメンと呼ぶようになり、男女の役割の違いがますます無くなりつつあります。

以前は女性に多い相談であった産後うつも男性の相談が産後うつ全体の2割になろうとしています(国立成育医療研究センターなどしらべ)

今回私がここに書きたい内容はやはり男性視点での予防の観点からです。


鬱になってからどうする?ではなくどんなことが鬱のリスクなのかという話。

基本的に「うつ」という症状の原因は

「自分はこうしたいけど、現状無理なのがわかっているから我慢しているけど、やっぱり我慢できないな……でも我慢してやらなきゃ……」

という心理状態です。すごく簡単に言った場合。



 私自身も現在極力育児に参加しては居ますが妻のようにはできません。無理です。


私の住むところは、「集落・町内会・組・班」という言葉が日常で出るくらいの場所なので男女の役割分担がはっきりしているため、目立つくらい男性が育児や家事に参加していると周囲の大人から以下のような発言を頂きます。

「旦那に仕事から子守までさせて、いい加減にしなさい」
「あんた自分の旦那に何させてんの!」

極端な例だと

「ご主人仕事ないのかい?」

これは地域的に「期待されている役割」「主観的常識概念の基準に沿った役割」というものが強く働くからです。

雑に言うと、うちの地域では「男は働き、女が家を守る」これが常識だからです。


つまり、男女がどうとか共同参画がどうとか言っても、どれだけ言っても

周囲に強く影響を受ける人間社会で生きていくには、

「ある程度周囲を見て合わせないと生きにくい」という話なだけです。周りに合わせる事自体がうつの原因になっている方の場合は別の方法で解決しなくてはいけませんが。

相談の一例ですが

家事や育児に完ぺきを求める妻が居た場合、当然収入についても夫と同レベルができなければおかしいですし

一極集中型の進化を遂げてきたオスという性別の存在に同時進行で色々やれっていうのも、相手の素養を見て頼むことが必要です。


妻のほうが仕事も家事も近所付き合いも完璧だったら、もうそれはなんというかそういう人と結婚してしまった自身を省みるしかありません。
そういう人がもし居たらの場合ですが、それは夫を必要とするのかどうか疑問ですが……。

あくまで男性目線の話なので、女性の方々には色々思うところもあるかと思いますが、

「仕事からかえって家でゴロゴロしてるから目につくのであって、そもそも仕事するふりして寄り道とかどう?」

「飲み代一回4000円よりも漫画喫茶3時間1000円のほうが経済的だし、目につかなくてすむし、家に漫画増やさなくてもいいし」

そういう考え方を提案します。実際やるかどうかは……。私の場合はしっかりバレてましたけど。

週六日仕事して日曜日も子守して、それくらい忙しかったらの場合ですが寄り道して少し遅く帰ってもいいと思います。

なぜなら、仕事と家庭で拘束され続けた夫がうつ病になってしまった場合「経済的なダメージが莫大になる」からです。そちらのほうが家庭崩壊の原因です。

あくまで男性目線ですが、夫を追い詰めて経済破綻させるのがいいか、長い目で見て生かさず殺さずでいくのがいいかの問題です。

これがリスク管理かと思います。乱暴ですが。

2016年12月8日木曜日

高齢者医療の現場で専門医にかかったほうが良い症状

居宅支援や地域事業の現場にいると

その現場で仕事をしている者なら常識だが、パッと見ただけだと専門家すら間違えるものに数多く遭遇します。

例えば

カブトムシは山にいるんじゃなくて卵の時も、幼虫の時も、成虫になっても大体畑や牧場にいる。とか

水揚げされた海藻類は鉄窯で釜揚げしないと鉄分は豊富に含まれないとか


どこが居宅の話!?って話題から始まりますが本題はここからです。


「パーキンソンに特有の小歩症状は筋力低下した高齢者なら普通に出る」

「手足の震えも、筋力が落ちて操作性が落ちると普通に出る」


この二つ、よく重大な疾患にされてしまいます。

すり足で歩幅が小さくなる「小歩症状」ですが、片足で立っていることが難しくなると出てきます。老人会等の講習に参加していただく方々にも非常に多いです。

手足の震えも筋力が低下すると力を過剰に入れて生活する人が多くなるので震えが出やすくなります。昔で言う

書痙と言うやつです。ハンコをおそうとしたときに定まらない。湯呑みが震える等がこれです。



ネット等で情報が多いのですぐに重大な病気だと思う方も多いですが、年を取れば出やすくなるものも多いので、落ち着いてほしいなと思います。

医療処置が必要でない場合トレーニングやマッサージで何とかなる場合が多いのでそちらをプランとして提案することが多いですね。

むろん精密検査を勧めることもあります。 ただ……現実入院して検査 検査 で検査のうちに寝たきりとか

本当に笑えないので、初動にどう判断するかは結構難しいです。

あとは

「認知症」と「精神病」と「性格」を混同しているパターン

直ぐに口汚くののしったり、暴力を振るうような方が居たとします。家族の心理的に「病」ってことにしたい場合もありますが。

もともとそういう性格だった場合もあるので、最近話題になっている「とりあえず向精神薬を処方する」

という問題にもつながります。ここも慎重に。

また、本人が信じたいものしか信じないケースも周囲の支援者の混乱を招きます。

本人を通じてしか支援者の連携が取れない(かつてはソレが正しいと信じられていた)場合、そもそも本人の「認識に問題」があった場合

支援者同士が混乱し、ともすれば誤解から争いに発展する場合があります。

一旦本人の言うことを信じないという勇気が必要なことも出てきます。


本人も家族もケアマネも医者も「本当にそうだろうか?」という疑問を持ち続けることが必要で、鵜呑みに気を付けるだけでだいぶんその先の過ごし方が変わっていきます。


高齢者医療に限った事ではないと思います。

2016年10月22日土曜日

病や障害と社会参加の話

 新たな病名が与えられたとき、
診断されたほうもそれを免罪符にし、聞かされた周囲の方もそれを免罪符にし双方

「しかたないね」

で片づけてしまう場合があります。しかし、ラベルに安心する前によく考えてみていただきたいのです。

病気や障害は確かに存在した場合は仕方ない話になると思います。

認知症がわかれば、ケアプランはそのように建てます。これも当然の話です。

ですが、診断はあくまで問題を明確にし、隠された問題も認識し(見える化)対処をかんがえるために行われるものです。

だから発達障害がわかりました。  認知症がわかりました。 うちの子は重度の障害を持っています。

考えなければいけないのは

「では、どう工夫して今後の生活を送っていくか」です。

「うちの子は最重度なので……」というセリフをよく聞きますが、最重度だとしても、介助を受ける際にほんの少しお尻を挙げてもらう。少しだけでも背中に力を入れるように練習していく。これもリハビリであり社会参加のための練習です。

また、何年もメンタルクリニックに通っていて
「やる気になったらやりましょう」という指導を受けている方がいます。(最近そういう指導をする場所も減りましたが)

やる気があってもレギュラー取れなかったら試合に出られませんし。

やる気がなくてもその時期が来たら働かなければいけないのはすべての子供が同じです。

つまり障害の度合いによってその義務や責任の重さ軽さはあるにせよ。必ず社会に参加しなければいけないのは日本にいれば当たり前のことです。

自分も含めて、私のところに相談に来る親御さんにも利用者さんにも、もちろん悩んでいる本人にも必ず言うこと。

すこしでもいい、最小の社会である家庭でも、一日1円稼ぐでも、とにかく社会にかかわることをやめてはいけない。それだけは放棄してはいけない。

だからこそ、病を診断されたとき
ゴールを設定し達成段階を考え(実行するかしないかも達成段階の一つです)

モニタリング(どこまでできたかな?)をおこない

アセスメント(再評価と判断をみんなで)

ゴールを変更したり、ハードルをコントロールしたりするわけです。

休むという行動も、次に動くために休む達成段階の一つです。

むずかしいですよね……